2020 年 18 巻 p. 89-101
近年の英語圏におけるアセクシュアル研究では、正常な人間ならば他者へ性的に惹かれるのが当然だという思い込みを批判する概念として、「セクシュアルノーマティヴィティ(sexualnormativity)」という概念が提起されている。しかし現在の日本ではアセクシュアルに関する研究はまだ少ないため、はじめにセクシュアルノーマティヴィティに関する英語圏の先行研究を整理する。次にセクシュアルノーマティヴィティ概念の導入によって、セクシュアリティに関する理論的枠組みの改訂を試みる。具体的には、性をめぐる近代的な力学を「権力関係を含んだ性別二元制」と「セクシュアルノーマティヴィティ」を両輪として構成されているものとして捉え、ヘテロノーマティヴィティをこの力学の内部で析出される現象と位置づける。また、セクシュアリティという概念装置が、女性の経験だけでなく、性交渉へと結びつかないセクシュアリティをも「抹消」してきたことを指摘し、後者の「抹消」を「性欲の性交欲化」と名付ける。これによって、セクシュアリティと親密性との間の癒着をより適切に理論化できると考えられる。最後に、セクシュアルノーマティヴィティ概念が新たな研究領域を切り開く可能性について、〈オタク〉研究を事例に検討する。